目には見えないけれど


クレアボヤントヒーラーの業務連絡または日常
by kin68
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根性論では



「ストレスとどう向き合うかは、あなた自身の問題だ」
子供番組で使うセリフは
単純で分かりやすい、ポジティブなものが必要なんでしょうがね

それでも
ストレスにつぶれて病気になった人に
頑張ればできるとか、為せば成る的なメッセージは
いちばんダメじゃんって(笑)

それに
向き合い方が分かっていないから病気になるにしても
本当は、問題に立ち向かえば治るってもんじゃないよねぇ
あれはファンタジーで楽しんでますけど
・・・・

体育会系により顕著だってだけで
日本はこの21世紀に
どんな場所、どんな業界、どんな団体も根性論が支配的で
辛いことには耐えてナンボ

要領が人よりも良い人間よりも、
より時間をかけるしつこい人間が褒められる世界

時間をかけるほうがいいこととされるから
体力がある方が絶対に有利だし、
今はそうでもなくなってきたようだけど
残業は長いほど偉かったんだもんね

費用対効果って言葉はあっても
本当の意味では機能していない世界

やる気なんか、
いくらでも偽装できる代物で(だって成果はいらない)
子供たちはこの世界で、親の前で、学校で
ごく早いうちにそれを装うことを覚えてしまうから厄介

足で稼いで、汗かいて情報や経験を得ることなく
透視して見たことを実践している人間なんて
ここではクズと同義なんだろうな(笑)

やる気や努力、想いや記憶をかえって削いでおかないと
何か大事な判断を下すときに、そいつが足を引っ張るんですよね

「いやな思いをすることになった」のそもそもには
大抵、強いこだわりが引っかかっていたり
頑張りすぎ、努力しすぎの重いエネルギーがべったりついてる

しつこいほど、本当にべたべたで取れないし・・・


「ここでもうひと根性!!」って
ブースターまでかけてしまうと、
大抵の人は本能にある安全ブレーキが利かなくなる

期待に応えようとか、評価を得たいとか、関心が欲しいとか
結局は自分が主体ではない動機なので
路線変更が必要な時にも、「体が」壊れるまで止まれません

前にも書きましたが
もし人生が50年なら、
そういう生き方もありかもしれませんよね
でも今は100年もを、生きながらえなければならない

根性論という安全ブレーキの外し方を
家庭やら、部活やら、会社やらが
成果を搾取するために刷り込んでしまうと
長い長い人生を、
病気や人間関係の各種問題と共に生きる羽目になるんですよね

だから、できるだけ鍛えておけって理屈も分かるんだけど・・・

心身の安全運転と、適度な運動習慣を心がける
世の中がそういう社会で、
早いうちからそういう教育を受けられるところであれば

個人の人生や経済的な面が安定するだけでなく、
社会も、国家レベルでの経済ももっと安定し豊かになると思います








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by kin68 | 2017-02-20 02:35 | 雑記 | Comments(0)

出口とも違うドアへ


生活を回していくのって
チェスや将棋みたいに「勝てばいい」っていう単純軸でないので
選択の先に得るものがよくわからないことが多いし

どういう戦略を立てるべきか?を
何も持っていなくても日常は流れていきますよねぇ

だからこそ、なのかもしれない・・・

何か状況を変えられないものだと思い込んでいるときには
本当に、レコードの上を針がなぞるように
意識も行動も、溝の外へは出られないままになるようです

私ももともとは思い込みの激しいタイプですから
意識の小さな罠にかかっただけで
ダンジョン深くに閉じ込められたくらいに
逃走意欲を失う傾向がありました

「どこでもドアが開くんじゃなきゃ、ここを出られるはずがない」
・・・そんな感じです

ストレスの要因が全部クリアにならなければ、とか
何億円でなければ無理、とか

こういう頑固者の思い込みをクリアにして行くのってのは
経験からも相当な道のりでして(笑)

ハイアーセルフとのつながりのまだかなり弱かった当時
おそらく「人生の変えかた」を覚えるために
自分に許していたことの一つが
「植物を育てること」と「布や糸で何か作ること」でした

種や一本の茎が大株に育つプロセスは
自然の御業とはいえ、
変わることの象徴でもありますね

人生は1つも思うようにできなくても
草や庭は支配できるぞ、的な発想なのかもしれません
(いま我が庭は、私ではなく強健種が支配している)

時間はかかりましたが
効果がなかったわけでないと、振り返ると思います

でも、もし当時に
瞑想を試みる機会があったり、
またはそういう手法で
ストレスはコントロールができるんだよと知っていたら

溝に片足をはめたまま、
出来ない、無理だと言い訳ばかりしながら
下手の横好きを繰り返す必要はなかったんだろうに(笑)
とも思います

失敗も成功もを繰り返しで、
「自分にはダメージの少ない形で」体験できたことで

じゃあ別のハードルも飛んでみようかな?という気になったり
もしかして逃げ道ってあるんじゃ?って思えたりが
できるようになるんですねぇ

私はただいま八方塞がり!な皆さんに
ぜひ、瞑想と並行で
何でもいいから「作る」か「壊す」をトライして欲しいです

作るのは大そうなものでなくていいんです
壊すのも、いらない皿を割って処分するんでもいいです
小さいお子さん用のぬりえやブロックをやるんでも
食べたレモンやアボカドの種を発芽させるのでもいい(笑)

出来ればちゃんと興味を持てるものを、
しばらく続けてみて欲しいんです

直ぐにではなくてもそこから
だんだんと絡んだ糸がほどけてくることはあります

本当に行き詰ってしまったところからだと
「出口直行便」を探したくなる気持ちは
そればっかり望んでいた私にはよーく分かりますが

たった今、行きたい出口が
ご自身が本当に向かうべき出口ではない場合も多いのです

ごっちゃごちゃしている意識の罠を
普段しない作業を通して、整理することを繰り返しながら

「別のドアの前に、いつの間にか立っていました」
って、いつか言えたら
そのプロセスが、後に自信の基礎になっています

自分で舵を取るべきは取り、
運命に委ねるべきところは委ねる・・・

そこの見極めが、意識の罠にかかっているときには
とても難しい場合が多いようにも思います

ヒーリングやリーディングは
自力でやるにも、手のつけようがわからないようなときに
おすすめしています

トラブルやいさかいを無駄に招くことなく、
ご自身が変わる、家の中が変わることへの
ご家族や周囲からの抵抗を受けにくくもできるので

ご自身よりも、
ご家族の「意識の壁」のほうが高くて抜け出られないと
常々感じている方には、特にお薦めいたします








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by kin68 | 2017-02-10 01:51 | 雑記 | Comments(0)

出口までが遠い


数日前の強め筋トレのせいで、動くのもしんどいけど
何だか精神的ダメージのほうが大きい私(笑)

すいません、みなさんのメールもちゃんと見てるんですけど
見た時間が遅すぎたので明日返信いたします・・・

疲労感と憂鬱ってのは、私の中ではほぼ同じものらしく
心地いい疲労感とか、
この筋肉疲労に達成感を感じるとか、
・・そういうの無縁なんだな(笑)って

なんかちょっとダークなオーラになりかけてました

無理したつもりもないし、張りきっちゃったわけでもないのに
いつもより少し回数が多かったってだけで
このありさまか・・・ってのが
情けないわ悲しいわ!的な感じも多少はあるんですが

筋肉に潜んでいた過去の画像が出てきたらしい・・・

すごく無理していた頃のもの
疲労感で怠惰に落ちていた頃のもの
優先順位が甚だしく間違っていた頃のもの
などがメインで

無意識に今の自分の感覚で「裁いて」しまうから
気分が重くなっていたように思います

20代後半ころ、
治療してもひと月未満で繰り返した帯状疱疹に
「その症状は強いストレスからも来るんだよね」と
お医者さんに言われても

保育所通いの3年間ずっと
10日おきに発熱していた娘を誰かに預けるわけにも行かず
残残残業の夫は連日休日も深夜の帰宅
家にいてズボラな私が「ストレスだ」にまるで説得力がなく(笑)

ストレスだってことは、
耐性ができるまでは耐えるほかないってことだよね、って
当時の私は万歳三唱クラスのお手上げ状態でした

私は治療そのものよりも

ストレッサーを日常から取り除けない場合に
そのストレスにどう向き合うのが「健康的」か、
どうやってその破壊的な力を削いでいなすか、
の答え(知恵)を、お医者さんに求めていたんだろうなぁ

それを医療者に期待してはいけないってのは
本当はかなり残念な話のはずなんだよね
医学のプロから、
医学的な健康法を聞くことができないってんだから

健康的な生活や予防の意識づくりやらが
(テレビで見るようなやや怪しげな健康法ではなく)
もし小さな子供の頃から「科学的な見地で」一斉教育されていたら

薬漬け医療に保険を食いつぶされることもないだろうし
若い従業員に死期を悟らせるほどの仕事をさせる経営者は
いなくなりはしなくても、いくらか減るんだろうに


八方塞がりだった当時の私は、
「使えないものを使えるものに変える」ことに
自分なりに意義を見出したことで
少しずつ自信をつけたり、
日常とは違う世界に目を向けることが出来たように思います

読書も絶対に多くの人の心の支えになるはずなのですが、
自分に合うものを手に取るまでのプロセスが
存在しないって人が多いんですよね

誰かにとっては救いの神がアイドルだったり
誰かにとってはお仲間だったりします

ですが
外からや誰かからの「評価」によりかかってしまう(期待する)と
更につらい道に入り込んでしまう場合も多いように思います

逃げ場がないストレスを抱えて生きるしかないと
出口は果てしなく遠いように思えてしまいますが
(お金がない、時間がない、自由がないってみんな仰るんだけど)

案外すぐそこ、身の回りに
出口への地図は用意されている場合がほとんどです

気が付いてただ拾うだけでいいってくらい、すぐそこです

私の場合は毛糸でしたが
皆さんの場合は?









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by kin68 | 2017-02-09 01:30 | 雑記 | Comments(0)

十字架を下ろすと


私は人生の大半の時期を
今世での過去と、過去世で抱えていた罪悪感に
全く気付かずに、
しかしそれに完全に振り回されて生きておりましたので

ホルモン過多になりがちな子育ての時期には
たびたび得体のしれない、正体のない不安が襲う日々でした

何か大事なことを忘れているような
生活が土台から揺らぐことが起きそうな
ひどい間違いを犯しているような
・・・・・
根拠も予兆も全くないんですが
そう身構えていないと日々を耐えられないというか

のほほんとなんか生きていると、絶対に罰が当たるぞ!的な
ひどく窮屈な心理状態にいました

色んなことが思うようにならない上に
子供もしょっちゅう寝込むなどで疲弊するループにいて

なんで?どうして?と思いつつも
心のどこかでは
窮屈がさらに窮屈になる状況を、
(ダメな)自分にはふさわしいと思っていたような気もします

罪悪感の解除を含む浄化を、ひたすら繰り返した頃から
自ら進んで「泥にはまる」癖や
行動がいちいち自罰的 (使う言葉は他罰一辺倒でも(笑))で
選択のいちいちが間違っていることに
やっと気が付きはじめます

無意識下では、
自分に重い罪を償わせようとしていたのでしょうが
顕在意識ではそんなことは露ほども知らないので

次に何が「起きて」どんな「ひどい目に遭う」んだろうって
絶えず不安がっていたわけなんですが
その全てが実は、
無意識の自分によってもたらされる不幸だった訳です(笑)

とんでもない家庭を選んで生まれたのも
罪悪感がなせる業だったらしく、これについては
「自立するまで周囲に理解者は現れない」といった具合に
周到にプログラムされていたかのようです!


ダメな自分でいるときには
周りにもダメさんを引き寄せてしまい
一時的にはそこにほんわかな空気が流れますが

私が自分の過去の罪を一皮一皮むく(許す)たびに
元同種さんとはトラブルになって離れていくというパターン

自分の非にだけ焦点があっていて
相手の非に目が行かず、おや?と思いつつの色々が
視点が中立になると許せなくなる(笑)・・・


色んな意味での「ご自身の城」を持つタイプの方々は
日々を「過去にして先へ」という道を孤高に歩く方が多く
離れていく人々を見ながら孤独も口にされますが、

ぬるま湯で同じ問題を温存している場所や人からは
何も生まれないし、人も育たないといつも思うんです

離れていくことが悪いことだととらえれば
自分の非のほうを見るしかありませんが

人と群れるためだけに、いらない十字架を背負うなんてことは
うんと歩いた先で何かすることがある人にとっては
ブレーキでしかないはず

新しい心境と状況下で新しい関係を探すことを
ご自身に許したからこそ、
その十字架を下ろせたのではありませんか?


不安の根っこに自覚できない罪悪感がある人も多いので
気になる方は一度透視のリーディングをお受けください

いつも一歩が出ないあなたも、ぜひ







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by kin68 | 2017-02-05 01:15 | 雑記 | Comments(0)

キッチンに革命が


ああ!!!
また小さな家電の入れ替えが目白押し・・・

引っ越しで持ってきたもの
新築時に入れたもので、いまだに残っている電化製品は
とうとう冷蔵庫だけになりました
それももう23年物になるので、潮時でしょうな

ここ数年の
クレジットカードのポイント数が半端ない我が家です・・・

新しいガステーブルの
魚焼きグリルをオーブンとして使う機能と備品のおかげで

オーブンレンジはレンジに買い替えが出来たり
鍋のいくつかはもう必要がなくなり
調理器具のいくつかと、オーブンのための道具が全処分できて
台所の使い勝手が良くなりました

しかし悲しいかな、
当地はプロパンガス使用なので
使い方によっては、電気よりもかなり割高になるんですよね

ただ

電気のオーブンだと小一時間かかるような焼き物が
ガスグリルのオーブンなら、
庫内が小さくて熱効率高め、(量を作れないにしても)
蓋つきのおかげもあって (庫内はほとんど汚れず)
予熱の時間を入れても20分前後で出来上がり!に

時短が嬉しい人にとっては
単純な損得の計算にはできないんですよね~

おまけに
料理の方法論が全く変わってしまったことで
洗い物と掃除の手間が激減しました
まず換気扇フィルターの汚れ方が全然違う!!!

これはもうほとんどキッチンの「革命」です

汁物には鍋を使いますが
他は8割方、
グリルへ蓋つき鍋を「放り込んで待つ」だけに

子供が小さい頃にこんな道具があったなら、
もう少し余裕のある母でいられたのだろうか?

・・・・

時間はあるのにこんなに便利をむさぼって
さらに手が空いた時間を、さあどうしようかと思案中です










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by kin68 | 2017-01-27 00:03 | 雑記 | Comments(2)

選択にコミットしない



大事な選択の度に
徹底して責任逃れを図っていたり
何が大事って、
家族じゃなくてまず自分だって考えだったりで

その選択の表向きは「家族の意向」のようだけど
巧妙に保身のみのアイデアを推し進める人達は
すごくユニークな人生を送るのだなと
思うことがあります

このユニークは
あんまりいい意味ではありません

最初は些細なものだった責任から
肝心なその時に逃げたばかりに
一生がかりでのツケ払いを請求されている人々がいます

たった一度腹をくくれなかったばかりに
改めて覚悟するチャンスが回ってこないまま
ダラダラと同じ軌道を回るしかない人々がいます

ここぞという時に差し出された人の手を逃れたきり
全くの孤独な人生を送る人々がいます

一体何が、彼らを逃走へと駆り立てたのか?
透視で見るたびに
人によってそのきっかけや、考え方は違うにしても

深部に共通しているのは

その(新しい)選択の責任は自分にもある!といえる
「覚悟」が持てない点です

私がヘタレだと知らない人からは
「みんながあんたみたいには強くないんだよ」って
たまに言われることはあるのですけど

ペットだろうが、子供だろうが、他人だろうが
その命に責任を感じて支えたことがある人なら
みんなあるはずの勇気なんです

その使いどころを知らない、気付けない
または
自分には使えないと思い込んでいる人が
多いように思うことがあります

家族であっても他人の人生に介入する権利は
確かに「ない」のだけれど
介入に近いギリギリのところまでの意見ができるのは
実は家族しかいないはずなんですよね

コミットメントを徹底して避けるなら
「お前の好きなようにすればいい」
って言うのは一番簡単で、おまけに聞こえもいいでしょう

ですが、ずっとあとで
意見した顛末の責任を一部押し付けられるかもしれなくても、
家族なら、親友なら、
どうしても言わねばならないときもあるはずですよね

みすみす逆方向へハンドルを切るのを
見逃す、見ないふりをするのは
それは保身だと言われても仕方がないんですよね

「だって何言っても聞かないよね」
それも確かにあるだろうけど
「一応言ったからね!」
のほうが絶対に保身にはなるはず(笑)

ああでも、
人の人生に介入するという「悪事」で
自分の手を汚したくはないのか・・・・


これはギリギリで悪事だと分かっていても言うべきを言い
その罰は甘んじて受けますよという覚悟は

深い愛は心にあっても、
その示し方が上手くない人々からは
出てきにくいものなのかもしれません

彼らに愛がないんじゃない!
(むしろとても温かい人が多い!)
その表現方法がわからないか、すごく間違っているだけなんだと
私は自分に言い聞かせております(笑)


透視ヒーラーとしての私は
クライアントさんの選択に介入はしないですし
透視で見る「選択の」エネルギーのバランスについて
客観的な説明をするようにしています

その方向を決めるのは、あくまでご自身だというスタンスです

しかし

個人としての家族の中の私は
おせっかいおばさんになるべき時には
ほぼ躊躇しないことにしています

「中立じゃないって?それで結構だ!」








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by kin68 | 2017-01-21 03:52 | 雑記 | Comments(0)

遅延型アレルギー


この二日ほどは、
サーバーエラーだとかで長々書いたブログを「消されて」
どうせまたダメなんでしょと
正月からやさグレておりました(笑)

マウスの超要らない機能、
「ページ戻るスイッチ」で長文を消したことも多々あって

メモ帳に一度書いたものを
コピーで移そうかとか (何があってもメモは残る!)
色々考えてはみるのですが、実行しておりません
普段からトラブルが少ないことに
慣れ切ってしまったのでしょうねぇ

小一時間書いたものがたびたび消えてなくなると、
心が折れてしまいますよねぇ(笑)


私には小麦と乳製品のアレルギーがあって
牛乳はもう長いこと家の冷蔵庫にはありません

チーズやバター、ヨーグルトは必要に応じて使いますが
もともと好きじゃないので、
料理のバラエティのためにある感じ
(うちは卵も置いてないことが多い・・・)

以前1~2年ほど
真面目に小麦断ち(+卵断ち)をしていたこともあります

しかし
食べてもどこか痛いわけでもないので
今は結構食べてしまっていますね

レストランなどでは
できるだけお米のメニューを選ぶって程度で
各種スイーツも(麦に乳でも)好きですし(笑)

ですが私の場合は
ずっと後になって症状になる「遅延型」だと最近知りました

その症状が小麦のせいだと分かりにくいのをいいことに
麺やアイスクリームはつい食べてしまう部類です

時々しつこくなる便秘や
粘膜の炎症が続くことによる、副鼻腔炎だとか喘息
肌荒れするとか、くすむとか美容にも影響大
実は小麦のアレルギーは
物忘れや、各種老化現象にも一役買っているんだとか

確かに小麦を一定期間でしっかり控えると、
その間はほとんど症状が出なくなりますし
頭の回転数が一段上がる感じはあります
オーラもきれいになりますし・・・

逆に小麦食の後は
各種パフォーマンスがガッツリ落ちるので
すごく自分がおバカになった感じ
ミスが多い、忘れっぽいなど注意力散漫になります

白髪も老け顔も、忘れ物が多いのも、肥満も
きっと小麦のせいだ!(笑)

麺はなかなかそうはいきませんが、
食パンを食事で摂るのは
本当に仕方がない時だけにしています

日本人には小麦、乳製品を
しっかり消化できる人はあんまりいないんだそうで

同じ年代の人よりも老けている
頻繁に感染症にかかる
肌が人より弱い
あちこち粘膜がとにかく弱い・・・

といった方々は、
日常に小麦食が多くないか?をチェックしてみてください

餃子、各種ルー、フライものなどは
小麦を食べている自覚がないことも多いんですよね

餃子の皮なんてぺらぺらで
ナンボのもんじゃって皆さん言うんだけど
もし10個も食べたら、
それだけでもう40グラム近い小麦なんですよね

知らず知らずのうちに、
結構な量が口に入ってしまう食品なんです


ですが、完全米飯なんてのは当時
精神的にほとんど絶望に近いツライ状況でした

家ではお米の減りが早すぎると叱られ
海外では丸一週間、ほとんどひもじい思いをし(笑)
スーパーで食べられるものを買おうとしても
加工食品はほぼアウト
冷蔵庫はいつも空に近い状態でした

まず、お米って本当にお高いですよね~

うちも農家でその苦労は見ていますし
何もかもが割に合わないんだろうってのもよくわかるんですが

食料の自給率を上げるって言うけど
お米だけ食べるのってお金がかかりすぎるから
安いし手軽な小麦の加工食品に手が出るんであって

お米がもっとずっと手に入れやすい価格だったら
みんなそっちになると思いますよね~
断然体にいいってのは、誰でも知っているんですから

農業全般が
もっと効率のいいシステムに変わることを期待してます


私が一生懸命に小麦断ちをしていた頃よりずっと
今はグルテンフリーの品物が手に入りやすくなっていて

米粉も当時よりは使いやすいものが出回ってますし

今よりも主食に大きく依存しない食事法や
アイデアが巷にでています

これはまた本格的に「減らし時」なのかな

冷蔵庫の在庫をチェックしながら
次の買い物からは我が家にも工夫が入用だなと、
思っている年頭です




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by kin68 | 2017-01-03 01:17 | 雑記 | Comments(0)

失敗と回り道が許される社会に


人間の人生が長くなりはじめたのは、
日本人にとってはここ100年のことですから
古くからの慣習やらが
今の長い人生と生活にフィットしないことが
いろんなきしみを生んでいるのかもしれませんね

人生が50年しかないのなら
多少体に無理を押し付けてでも
理想を追求したり、意志を貫いたりもできたのでしょうが

大人になってからが、あと7~80年もある場合
20歳の頃の考えを一生貫徹できる人は
ほとんどいないはずなのに

人生50年時代の無理な働き方や、それを支える古~い考え方が
その後の長い人生で必要なはずの
体を、心を、深くまでむしばんでいます

異常なまでに長くなった「結婚生活」や
子供が巣立たないままの「親子関係」
みんなが大年寄りになるまで続く「人間関係」は
お互いがさほど変わらないことが大前提で成り立つところがあって

真面目な人ほど、そして臆病なほど、それに縛られて
「しがらみだ」とぼやいてしまいます

だって、一度の失敗をみんなが覚えていて
気ままな回り道をみんなに責められて
それでもその関係の中からは状況が許さず離れられない・・・

失敗者の烙印を押され、
序列の最後尾に一度ついてしまったら最後
50年経っても!そこから抜け出すことができない場合が多く

別の場所でリトライすることすら、ほぼ不可能

経済ズタズタの某国よりはマシだという人もいますが
日本では個人が集団と戦える素地がないという点では、
大差はないと私は思います


結婚についても
結婚で結びついたのは人ではなく家だ、という考え方が
広くアジアで
自立できなかった時代の女性たちを支えてきましたが

それはある意味、
男性は「心変わりするものだ」という前提まえ前提があって
それでもできるだけ女性たちが困らない社会にしよう、という
一種の工夫だったのかもしれませんよね

私たちはその前時代的な前提の前提を、
見ないふりをしているうちにどうも忘れてしまったようで

なんちゃって教会で
誓いの言葉なんか言わされているうちに
「一生、一度も迷うことなく添い遂げる」を
頭から信じてしまったところが、いろんな苦悩の始まりなのかも・・・

そんな訳ないんだ
50年、60年も同じ気持ちでいるはずはないし
人としてのスタンスが全く変わらない人間はいない

間違いも起きれば失敗もして
評価も上がるときもあれば、落とすことになる日もあるし
おまけに
心変わりを起こすのは、そもそも男性だけじゃない!

すさんで自暴自棄になる時期もあれば
パニックで大後悔を生む行動をしでかす場合もあれば
「神対応連発」の時期もあるってのが人間で

多面的で、幾筋もの真実が混然としているもので
その変動や苦悩がないってことは、ほとんど成長もないってこと

変わるタイミングが家庭で同時に揃うなんてことは
まず滅多にないので
誰かだけが先を歩くこともあれば
一人で置いて行かれる日もあって

次第に気持ちも揃わなくなる場合もあれば
個々人がどこをどう歩いていても、
「集合!」の一声で集まれる家族もいますよね

依存しあわない関係でないと、それは難しいのでしょうが・・・

お互いの変化を、失敗を、損得や優劣を越えて
お互い様だとして吸収できるだけの「寛容さ」を
私は社会に、個人に、集団に期待したいと思っています

寛容さを作るには、お互いに適度な距離が必要で
その距離を作るには
四六時中「つながって」いる状態では無理
(義理の家族と同居だと・・・等)

輪の中で誰か一人でも
「自分は正しい」って言い張っていても無理

神のようには
なんでもを許せないのも人間ではあるし
深刻な過ちを繰り返す場合は、
許す許さないではない、別のアイデアが必要にはなりますが

人様の変化を、一度の間違いを、些細な失敗を
正義を振りかざして責め立てるのはやめていかないと
いろんな点で一蓮托生につながってしまった社会では
今よりさらに生きにくくなりそうです

うっかりをしでかした自分の首を
将来、絞めることにならないようにするためにも
お互いに100年生きるかもしれない同志だとして、
「お互い様精神」を忘れませんように・・・









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by kin68 | 2016-12-26 01:51 | 雑記 | Comments(0)

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